2020-08-01から1ヶ月間の記事一覧
記録に残すことは重要である。公文書の管理が問題となって久しいが、最初から保存を諦めてしまったら、後世に伝わることはない。正確に歴史の判断を仰ぐことのできなくなるということは、後世の都合の良い歴史へと書き換えられても仕方がないということにな…
三井記念美術館開館15周年を記念した展示会「三井家が伝えた名品・優品」の第2部・日本の古美術が8月いっぱい開催している。7月は第1部として東洋美術の名品・優品がずらり。8月は日本美術と二部構成となっていた。 日本美術の名品には国宝・重文が多…
きもの展では実物の着物のほかに、きもの(人物も含む)が描かれているものも展示されている。 国宝では前期の最初の週のみ、大和文華館所蔵の婦女遊楽図屛風 (松浦屏風)を展示。こちらは、大和文華館にて鑑賞した。そして、後半は狩野秀頼筆の高雄観楓図…
東博で2020年春に企画されていたきもの展。きものには全く興味がなく、夏に開催予定の鳥獣戯画展を楽しみに、完全スルーを決め込んでいた。コロナ禍により、開催期間中のほとんどが緊急事態宣言に重なり、きもの展は中止・延期なのだろうと思っていた。しか…
聖衆来迎寺は西国三十三所の巡礼地ではないが、観音信仰の対局を表す最高峰の図であることから出品されている。 極楽浄土へと導かれるために観音様に祈願するのだが、信仰しないものは地獄へ落ちることになる。ただ、信仰しないだけで地獄へ行くわけではなく…
国宝所有点数が最も多いのは醍醐寺である。なにせ7万5000点以上!!を所有している。しかし、それらの多くを占める宋版一切経6102点と醍醐寺文書聖教 6万9378点は一括で指定を受けているので、国宝としてのカウントは2件となる。その他にも金…
聖地を訪ねて西国三十三所の前期目玉展示は京博所有の千手千眼陀羅尼経残巻だろう。 741年の盂蘭盆会に玄昉が1000巻写経させたもので、巻首のない109行のみが残っていた。東大寺要録に記載があったが、長い間現物の存在が確認できたかった貴重なもので国宝と…
聖地巡礼の先駆けである西国三十三所は観音信仰の霊場を巡る旅である。和歌山県勝浦の那智山寺から始まり和歌山を横断。大阪南部をかすめて、奈良に入り、京都へ上る。京都亀岡でいったん南下し、大阪北部、兵庫の瀬戸内沿いを行く。そして、日本海側へ抜け…
2020年春の京都では京博の「西国三十三ヶ所展」と京都市博物館の「京の国宝」が企画された。とても楽しみしていたが、コロナの影響で京の国宝は中止になった。しかし、西国三十三ヵ所展は草創1300年の節目にあたることもあり、延期して無事開催されることと…
大和文華館が誇る名品は日本の物ばかりではない。李迪筆の雪中帰牧図は水墨画の名作で、画面から冬の凍てついた寒さと牛の歩みの遅さにも関わらず、牛飼いからは家に帰るという気楽さが伝わってくる。所有者は足利義尚から後藤祐乗へ下賜され、井伊家、益田…
写経に念を込める手立ては色々ある。丁寧な字で一字ずつ書くのはもちろん、書いた紙を綺麗に表装するなど、念を込める手段は様々ある。 その中でも書いた文字の一字ずつに蓮型の台の絵を描く一字蓮台法華経は文字と装飾のコラボ写経の最高峰となる。写経だけ…
大和文華館のコレクションの歩み展の開催期間が1と2で入れ替わったことで、婦人遊楽図屏風が東京から急いで帰ってくることとなった。 予定していた展示スケジュールではコレクション展Ⅰが終わった後、東博のきもの展に出展する運びだった。それが、きもの展…
近畿・東海地方以外の人は球団経営として名前を知っている人が多いであろう近鉄。球団経営から身を引いて早16年が経った。中学生以下は近鉄いてまえ打線は過去の映像としてのみ知る時代となった。 さて、近鉄は近畿日本鉄道の略称で、近畿の冠がついてはいる…
国宝の旅で仁和寺を訪れて金堂を見逃すわけにはいかない。 仁和寺を訪れてる機会は金堂の特別公開の時期と重なることが多く、結構人が多いためシャッターチャンスがなかった。今回はコロナの影響もあって人がほとんどおらず、綺麗に金堂を写すことができた。…
仁和寺霊宝館の名宝展での出品国宝では御室相承記も展示してあった。 仁和寺に住持された寛平法皇以来の歴代の門跡の記録で、鎌倉初期に出来上がったものだ。経典のような整然とした文字が書かれているのではなく、あくまでも歴史を残すために書かれたものな…
仁和寺の霊宝館と言えば仁和寺初代の阿弥陀如来坐像を見ずして帰れない。2代目が金堂に祀られてからご隠居となり、こちらに移った阿弥陀如来像。毎日の御勤めを眼前で見続けるには文化財的に耐えられないこともあり移られたが、輝きはまだまだ健在。 霊宝館…