国宝を観る

国の宝を観賞していくサイト

国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦 東京国立博物館

東博の2024年特別展オープニングを飾ったのが本阿弥光悦の大宇宙展だ。大宇宙の題にかけた斬新なキャッチコピー「始めようか、天才観測。」が話題になっている。キャッチコピーとは対照的に実直な展示内容となっている。

まず、入り口すぐに東博が誇る奇想天外な硯箱で本阿弥光悦の代表作である舟橋蒔絵硯箱が単独で展示されていた。古典的教養が非常に高い光悦が後撰和歌集に収められた源等の歌をどのようには箱に落とし込むか、まるで大喜利のような面白みで作り上げていた。

普通の箱は積み重ねることを前提に蓋部分は平らに造る。そのほうが箱の保管がかさばらず効率的なためだ。一方で貴族が所望する飾り箱は金銀を散りばめて豪華さを演出する。この飾りがあるため、重ねると傷がつことを嫌い単独で保管する。なのに蓋が平のまま。疑問を持たずに作っていたことに、光悦は疑問を抱き蓋の中心をやんわりと盛り上げた四角柱の蓋を作った。それだけでは飽き足らず、歌の舟橋を鉛板で表現するため大胆にも蓋を横断するように貼り付けてしまった。(光悦の死後においても)見たことない奇抜な硯箱が完成した。常識にとらわれない造形にも関わらず、ゆるやなか湾曲部分に歌の調べが乗ったように見え、古典的であると認識してしまう。教養がにじみ出る光悦だから作り出せた作品となっている。

出鼻から度肝を抜かれ、これぞ光悦と言いたくなる作品であった。さぁ、天才観測の始まりだ。

寝覚物語絵巻 大和文華館

2023年秋の東博で開催されたやまと絵展に感化されてか、各館所有のコレクションだけでやまと絵展を開く企画が目に付く。大和文華館でもやまと絵のこころと題して同館所蔵のやまと絵たちを惜しみなく展示していた。

琳派を代表する作家である尾形光琳の扇面貼交手筥や酒井抱一の瓶花図が出ていたり、やまと絵の復古に燃える岡田為恭作品などが出品されていた。中でも佐竹本三十六歌仙絵断簡の小大君像は平安貴族の女性像を描いたもので、NHK大河ドラマの光の君へとリンクする。

国宝は本家?東博のやまと絵展にも出ていた寝覚物語絵巻が出品されていた。この作品は保存状態が悪く、絵画では人物の顔の部分が潰れてしまっている。絵巻物は見られることが前提だが、巻かれて保管されることで絵の部分はどうしても傷む。舘林藩の秋元家から原三渓へ渡り、その後に同館が所蔵することとなる。幕藩体制崩壊で名家からの売り立てられた名品で、やまと絵の原型を知るにはよい絵巻物である。

日光菩薩立像・月光菩薩立像 東大寺

東大寺ミュージアムの中心的な仏像は千手観音立像(重文)であるが、国宝はその脇侍である日光月光菩薩立像である。お松明の後ろにある写真にもある通り、派手さは平安時代に作られた千手観音が勝る。一方で、菩薩像は奈良時代に作られたことで、お顔立ちに素朴さがあり見ていて和む。この和みと打って変って、身にまとう衣のひだひだが激しく躍動する表現はまるで鎌倉時代の慶派を想起させる創作である。

奈良時代に流行した技法・塑像で仕上げられた日光菩薩立像と月光菩薩立像は東大寺法華堂の不空羂索観音像の脇侍として長らく安置されていた。法華堂にある塑像は執金剛神立像があるのみで、その他は乾漆造りであることから、ミュージアムへ移籍することとなった。環境が変わっても穏やかな表情は変わりない。東大寺の良心的な仏像である。

東大寺金堂鎮壇具 東大寺

奈良博で毎年行われているお水取り展を見に行った。そこで、東大寺ミュージアムで行われている「二月堂ー修二会を支える法会空間ー」を合わせて観覧すると散華がもらえるとの情報をゲットし、久しぶりに東大寺ミュージアムへ入った。

東大寺には度々訪れているが、ミュージアムへは久しぶり。なにせ、戒壇堂の四天王寺立像が改修工事の間は同館で展示されていたのを知っていたが、結局は見ることがなかったぐらいの期間だ。東大寺は素晴らしい仏像が多く、訪れる際は秘仏の公開日に行くため、それで満足してミュージアムへの足が遠のいていた。

久しぶりに訪れたが、それほど変化はない。入り口すぐに映像での説明が開始。扉の向こうには国宝の金堂鎮壇具が並ぶ。金堂の建立の際に埋められたもので、奈良時代の貴重な鎮壇具である。この出土品には金銀荘大刀があり、それが聖武天皇の遺品である陽宝剣と陰宝剣であったことから、いかに東大寺金堂の建立に力を注いでいたが分かる。

なお、東博に展示していることが多い、国宝の東大寺山古墳出土品は天理にある東大寺山のことで、ミュージアムにあるものとは違う。

【密教マンダラ】金剛般若経開題 空海筆 奈良国立博物館

金剛般若経開題は空海密教の立場から能断金剛般若経を解釈した草稿。京博にも断簡が残っている。文字は草書と行書が混じっていて、行間に加筆や文字訂正の跡がある。考えながら書いた書で、空海も草稿が世に出て国宝になるとは思っても見なかっただろう。

レア★☆☆
観たい★☆☆
コラボ★☆☆ 

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【密教マンダラ】錫杖頭 善通寺

密教をもたらした空海だが、人々の信仰心を醸成したのは土木の分野であった。高野山に一大修行場所を作ったり、ため池を作ったり、レアな鉱物を探したりと地質学的な分野で大活躍している。20歳代に修験道のように山々を歩き回って修行したとされており、その時に培ったフィールドワークが役にたっているのだろう。

さて、その時に帯同したであろう錫杖頭が国宝として残っている。杖が地面と接することで大地の状況をすぐさまに掴む。地質の変化を錫杖頭の動きや音の変化で感じ取る。今で言うレーダー的な使い方をしていたと想像する。多面的で分かりにくい空海の一面が知れるアイテムである。

レア★★☆
観たい★☆☆
コラボ★☆☆ 

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【密教マンダラ】灌頂歴名 空海筆 神護寺

神護寺の寺宝・灌頂歴名は国内の密教創世記を語るにはなくてはならない書である。

遣唐使として大陸に渡った最澄空海。エリートとして渡航した最澄は国内に戻ってからは南都仏教に対抗する新興教団を作り上げた。片や空海は紆余曲折はあったが、密教を持ち帰ったことで評価され始めた。この平安仏教の二大巨頭が交わった証が灌頂歴名である。最澄密教の教えを請うために空海から灌頂を受けたことが記されている。この知識に対して貪欲な最長の精神が、やがて比叡山延暦寺の拡大につながった。一方で最澄が学ぶレベルの知識のあった空海を慕って真言宗が広まった。日本での密教の布教の起点が1200年以上前の書で分かる。

レア★★☆
観たい★★☆
コラボ★☆☆ 

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国宝拝観者たちの夢、それは千件越え。 毎年、国宝指定数が増えているので、容易にはなってきているものの、一つの目標である。 900件を超えた辺りから新規の拝見ペースが落ちているが、果たしていつ達成なるか。