国宝を観る

国の宝を観賞していくサイト

国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

【世界遺産30周年】小桜韋黄返威鎧 厳島神社

小桜韋黄返威鎧は、2025年の夏に春日大社の国宝殿で開催された大鎧展以来の公開である。厳島神社所有の鎧の中では比較的、多く出品されている。全国の国宝・大鎧が大集結した春日大社の展示会おいても、豪華さは他に譲るものの小桜韋黄返威鎧の文様は一際目立った。平安時代の作品として、奉納のための金銀であしらった装飾鎧のように派手さはないものの、非常に実用的かつポイントでおしゃれが見て取れるスマートな鎧である。源頼朝・義経兄弟の叔父にあたる源為朝が所有していたと伝わる。武士の精神として連綿と続く質実剛健と、天皇家につながる源氏の高貴感を合わせてそのまま形にしたような鎧である。

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【世界遺産30周年】彩絵檜扇 厳島神社

世界文化遺産30周年を祝した厳島神社での名品公開で一番見たい国宝は彩絵檜扇である。なんてったって公開がほとんどない。国宝の扇は四天王寺と東京国立博物館に所蔵されている扇面法華経冊子や奉納品のひとつとして指定を受けているもの(厳島神社の古神宝類の檜扇がそれにあたる)がある。これらは納経や奉納を目的に煌びやかに仕上げてものとなっている。一方で、彩絵檜扇はもともと扇の本来の使い方である公卿が儀式の次第を覚書するために作られた素木を、女性用に彩絵を施し飾り糸をつけたものとなっている。いわゆるリユース品で、平安時代に流行した歌絵文様が描かれている点で貴重な作品となっている。

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【世界遺産30周年】平家納経 厳島神社

大倉集古館で見た平家納経序品の模本

厳島神社が世界文化遺産に認定されて30周年を記念して、厳島神社の宝物収蔵庫で国宝だけを集めた名品展を2026年12月1日(火)~13日(日)の期間に開催される。昨年の国宝だらけの展示会フィーバーの余韻もあり、国宝だけの展示会の企画を渇望していたので、大変うれしい知らせとなった。
名品展は毎年、開催されている企画で、普段から公開している国宝殿(ここの国宝は複製品ばかり)とは別にある宝物収蔵庫で開催される。内容は厳島神社の寺宝を公開するもので、目玉としていっしょに国宝が数点公開されることが多い。ただ、開催期間が短くて収蔵庫の展示スペースなのでそれほど広くないばかりか、収蔵庫自体が神社の裏っ手の目立つ場所にあり、大人気の企画とは言いつらい。そして、広島の宮島まで行く必要があるので、毎年行くには重い腰が上がらなかった。
今回の世界遺産登録記念の展示は10年前にも開催していたようで、その時も同神社の国宝を惜しげもなく公開していたようだ。厳島神社と関係の深い平家が納めた平家納経ももちろん出品。展示は序品、信解品、化城喩品、堤婆品、湧出品、陀羅尼品となっている。平家一門の繫栄して祈願して納められた贅を尽くした経典は平安貴族が愛した優雅な大和絵技法で描かれた扉絵でお馴染みのものである。金銀を散りばめられた豪華な経典で、のちの歴史を知る身にとっては貴族風情となって「驕れる平家は久しからず」という言葉が浮かび上がる。そんな国宝である。

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【普門寺】称名寺聖教(忍空受釼阿状) 称名寺

愛知県東部・三河の古刹、普門寺の寺宝が京都の龍谷ミュージアムで展示されていた。展示自体は3階1室全体を使用していて、2階は同館のコレクション展であったが、それでも地方の寺単独で展示会を開催できるだけの寺宝があるということだ。見どころは重要文化財の阿弥陀如来坐像や伝釈迦如来坐像、四天王立像(伝増長天、伝広目天立像)などの彫刻仏像たちである。四天王の残り(伝多門天、伝持国天立像)は浜松で開催されるみほとけ展へご出張とのこと。それでも普門寺の平安期の仏像群が背中まで見ることができるのはありがたい機会であった。
普門寺には昨年訪れている。JR東海道本線の新所原駅から歩いて小1時間。山腹に立地する寺で、下界を離れて修行するにはちょうど良い場所である。言い換えると寺以外なにもない場所である。修行のため、山の色々な場所に建物があり、この寺内の建物を見て歩くだけでハイキングになる。仏像たちは収蔵庫に鎮座していて、平安時代作にもかかわらず、今回と同様にショーケースなく見ることができる。また、龍谷ミュージアムでも企画としてあった平安期の神将形立像の残欠である邪鬼を抱っこすることができるなど斬新なイベントを催している。
普門寺といえば、みうらじゅんといとうせいこうコンビが各地の仏像を見て回る「見仏記」で紹介された寺として有名。寺院内でお二人のトークショーが開催されるなど関係は深い。仏像好きには一度は訪れたい寺である。仏像以外にも紅葉で有名で、これからの季節はそれ目当てに観光客が大挙する。
さて、多くの平安時代の仏像がある普門寺。古刹という証拠の文言が、国宝の称名寺聖教にも残っていて、その部分を公開していた。三河地域の大寺というもので、普門寺縁起には3000余りの坊舎を抱えていたと記述がある。源頼朝の叔父で化積によって再興されたことで、平安時代後期の仏像群を多く所蔵することになる。遠方でなかなか行くことができない地方の寺院の企画展は龍谷ミュージアムのネットワークがあっての内容となっていた。

【大狩野派展】納涼図屏風 久隅守景 東京国立博物館

来年開催の大狩野展は第1部が室町時代から桃山時代[2027年4月20日(火)ー5月30日(日)]と、第2部が江戸時代から明治時代[2027年6月8日(火)ー7月19日(月・祝)]と時代を分けての展示構成となっている。狩野永徳の出現で隆盛を極めて桃山時代から、徳川の世に移った第2部は狩野派の分派による生存のリスクヘッジした先を見ることが出来そうだ。
桃山時代までは政治の中心は京にあったが、徳川幕府誕生とともに江戸へと権力が移行する。それに伴い狩野派も御用絵師として居を江戸へ移す集団が現れた。永徳の孫の探幽は鍛冶橋狩野家を起こし、探幽の弟の尚信は木挽町狩野家の祖となるなど、御用絵師の系譜を絶やさぬようにした。一方で、そのまま京に残った狩野山楽の系譜は公家や寺社などつながり、婿養子の山雪とともに江戸へ下った狩野派たちの穴を埋めて余りある活躍を見せ、京狩野派を形成した。
その他、狩野とは名乗らないが、その門下から世に出た画家も多数輩出する。海北友松や英一蝶は、江戸時代の画家として展示会でもよくみる作家だが狩野派で技術を研鑽した人物たちである。久隅守景も狩野派で学んだ一人で、江戸時代に活躍した数多いる狩野派の系譜で狩野の冠を抱かないで国宝指定を受けた作品がある人物でもある。納涼図屏風は東博所蔵でなんともすっとぼけた感じの作品である。家族で納涼を楽しむ風景を描いているが、瓢箪の蔓で日差しを遮る軒下のパースがおかしなことになっているにも関わらず、ゆったりとした時間をくつろぐように描いていることから、見ていて違和感を感じない作品となっている。狩野派の緻密な描き方からは想像の域を超えた作品となっている。これを狩野派作品とするかどうかの疑問もあるが、第2部の期間内の作品で国宝指定を受けた作品が少ないこともあり、もしかしたら出品されるかもしれない。(狩野派の作品の幅を見せるのだなら絶対に展示しておきたい作品)
戦国時代のように、生き馬の目を抜くような作品造りが必要なくなり、職業絵師として活躍できる素地が出来た狩野派にとって、少し尖った作品を作る必要がなくなった江戸時代の作品群の展示内容はどのようにキュレーションしたか今から楽しみである。daikanouha2027.exhibit.jp

【大狩野派展】唐獅子図屏風 宮内庁三の丸尚蔵館 狩野永徳(右隻)、狩野常信(左隻) 宮内庁三の丸尚蔵館

東博の東慶館で展示していた複製品

教科書で見た狩野永徳の作品は唐獅子図屏風であった。天皇家が所蔵する御物だったこともあり、現物は見る機会がない永徳作品ぐらいの認識で歴史の授業を受けていた。時代が平成に移り、天皇家から国庫に寄贈された御物が三の丸尚蔵館で公開されるようになるが、それでも見る機会はなかった。大きく変わったのが令和になってから。三の丸尚蔵館の展示室拡張リニューアルと天皇家が所蔵していた文化財の収蔵庫の建て替えなどが始まり、2023年10月には管理運営が宮内庁から国立文化財機構に移管されたこともあり、全国の美術館で三の丸尚蔵館所蔵の品が貸し出し展示されるようになった。
御物という天皇家の持ち物から文化財へと扱いが変わったこともあり、唐獅子図屏風は2021年に国宝指定を受ける。さらには綴るプロジェクトにより高精細な複製品も登場して、現物に近いものがショーケースなしで見ることができるようになった。迫力ある狩野永徳の唐獅子が、小さな教科書の写真ではなく、原寸大で見られる機会が増えた。2026年春に東博の表慶館で伊藤若冲の動植綵絵の複製とともに展示していたが、屏風の表具に至るまでこだわって再現していた。
唐獅子図屏風は幕末まで毛利家が所蔵し、明治に入って天皇家に献上された。右隻は狩野永徳の作だが、左隻は永徳のひ孫にあたる狩野常信によって描かれた。今回の大狩野派展は時代を分けて展示替えがあるが、この六曲一双は作られた時代が第1部と第2部に分かれてしまう。演出として分かれて展示となるとかなりのこだわりだが、今秋に三の丸尚蔵館が再オープンする記念展には出品されそうなので本物の展示がないかもと思うと少し寂しい。(本物がでないとなるとエントランスで複製品の公開となるだろう)

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【大狩野派展】上杉本洛中洛外図屏風 狩野永徳 上杉博物館

狩野派の力量がすべて詰まった作品は洛中洛外図屏風だろう。屏風の中に当時の京を俯瞰して描いた作品で、名所が載っているのはもちろん、そこに生活している人々を年齢や性別はもちろん、身分の貴賤や公武衆庶の違いをきっちりと描いている。人物それぞれの人生まで見えてきそうな描きっぷりで、その人物たちが約2500名も描かれている。気の遠くなるような作業である。また、合戦図屏風によく見る各パーツを切り取って成立する内容で、それを横につなげると絵巻物にもなりそうだ。京の瞬間を捉え、物語のない立体絵巻物と言えなくもない。
この気の遠くなるような作業は永徳が23歳の時に作られたと言われている。制作の依頼過程は諸説あるようだが、最終的に織田信長が上杉謙信へ送ったことが知られている。首都で文化の中心である京がいかに雅で多様な場所であるかを地方にいる上杉に見せつけるためか。はたまた、京に来た時に行ってみたい場所の参考にするため、いまで言う地球の歩き方かるるぶ的なものとして贈答したか。いずれにしても、永徳が凄いと言うほかにない。絵師集団の狩野派はここまでできると見せつける秀逸な作品である。

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国宝拝観者たちの夢、千件越えをいつの間にか達成した。 毎年、国宝指定数が増えているので、容易にはなってきているものの、一つの目標が完結した。 次の1100件は果てしなく遠いので、1050件を一区切りにしよう。