国宝を観る

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国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

【東博150年】世説新書巻第六残巻

世説新書巻は中国の後漢時代から東晋時代までの名士の逸話を編纂した小説集。国宝の第六残巻は唐時代に書写されたもので、東寺の観智院に伝来したことが知られる。4つに分割された。東博、京博、文化庁及び個人所有となっている。そのすべてが国宝に指定されている。

レア★☆☆
観たい★☆☆
コラボ★☆☆

公開期間 後期

emuseum.nich.go.jp

金堂 仁和寺

寺社には年に1度同じ日にちに必ずお堂が開かれるスペシャルデイが存在することがある。開祖のための記念日や、お祀りする仏神の記念日などだ。東大寺だとお堂の数が多いため2か月1回ぐらいペースでどこかのお堂が開いている。

仁和寺では毎年5月28日が五大明王大祭として金堂の仏像たちが鎮座する後ろの板の裏側に描かれている絵を公開する。金堂が国宝なのは、建物自体が天皇が儀式を行う紫宸殿をそのまま移築し、それが現代まで残っているためだ。仏教的建物としての国宝指定の色は薄い。見学時に僧侶が堂内する説明でも、紫宸殿として最上級の梁が使用されているため天井板で隠さずむき出しになっていると言っていた。なので、本尊の仏像(阿弥陀仏)と建物比率があっておらず、他の仏殿と比べて明らかに天井高いし、格天井のような飾り気もない。あくまでも建物自体が品格が高いという造りになっている。仁和寺天皇家に近い皇族関係者が門跡を勤める寺院だからこそ可能にした移設で、仏を祀る建物として最高のリユース物件だったのだろう。

さて、説明が終わり金堂内を散策すると柱などには仏たちが描かれ、極楽を演出していた。殺風景のままでは堂内の仏像たちがさみしがるためだろう。そして、仏像の背後にある板、その裏側に五大明王が仏像たちの背後を守護するために描かれている。仁和寺展で復元されていた観音堂の絵画は傷みが激しかったが、この五大明王はくっきり、しっかり描かれていた。毎月28日に護摩供養をしているそうだが、後ろまでは煤は届かず美しさが残る。東寺の御影堂もそうだが、文化財保護の視点ではタブーとされる国宝の木造建築物内で火を焚く行為は、明王の加護?が許しているかもしれない。

本堂 長谷寺

室生寺に行ったのならば、長谷寺に寄らない訳にはいかない。近鉄で2駅と近い。33観音霊場巡りの際に行ったことがあるが、近鉄長谷寺駅舎が高台にあるとは記憶していなかった。なぜかと思い返すと、駅から長谷寺参道前の国道165号線までは下りで、帰りも長谷寺駅を使うと登りになるので、それが嫌で桜井駅まで歩いた(小1時間かかった)ため、記憶から抜け落ちていたのだ。

久々に行く長谷寺は牡丹で有名。ゴールデンウィーク前後の時期には名物の長い階段の両端に牡丹の鉢をおいて観光客の目を楽しませる演出をしている。すでに、そのイベントは終了していたが、境内に自生している牡丹は健在で、それを見れただけでも満足できた。観音信仰の霊場とともに、起伏に富んだ境内と季節ごとに咲く花々を楽しませる回遊式寺院として、平安時代から現代まで続き、人々を引き付けている。

長谷寺枕草子源氏物語更級日記など多くの古典文学にも登場する古刹で、徳川家ゆかりの寺院でもある。本堂は観音信仰の中心的建物で、平成16年に国宝の指定を受けた。堂内には木造の仏像では日本最大級・10メートルもある十一面観世音菩薩立像が鎮座し、特別公開時は足元まで近づくことができる。

この本堂は7度も焼失していて、現在は8代目。豊臣秀長の援助で再建、徳川家光の寄進でリニューアルされた。本堂の正面にせり出した舞台があるのが特徴で、山腹に建っているため見晴らしがよい。建物全体を見るためには山を下った本坊前がよく、写真のように真正面に見ることが出来る(ただし、かなり遠いので小さく見える)。

 

十一面観音菩薩立像 室生寺


寶物殿は室生寺の寺宝たちの劣化を防ぐため、保管と保存、そして公開を両立させるために建てられた。なので、一般的な展示用のショーケースでは見せることがない、バックヤードが展示されている仏の後ろに見える。保管と保存を主とすると、展示場所への移動が効率的であり、同じ空間なので環境の変化がないので寺宝に優しい造りとなっている。

その意味では寶物殿に鎮座している大きな仏たちは展示しているというよりも、保管されている場所を覗いていると言ってよい。金堂にいなかった十二神将6体や地蔵菩薩立像の重要文化財クラスに加え、釈迦如来坐像や十一面観音菩薩立像の両国宝もこちらに安置されている。ちょうど仁和寺の国宝・阿弥陀三尊像と同じく、環境の整った場所で余生を過ごしている。

釈迦如来坐像や十一面観音菩薩立像ともに平安前期の作品で、釈迦如来坐像は飾り気のない風貌なのに対して、十一面観音菩薩立像は光背の彩色がかなり残っている。ともに定朝以前の仏像に造られた仏像に見られる大陸からもたらされた仏像の影響を色濃く残している。釈迦如来坐像はどっしりとした顔立ちで目鼻口が中心部に寄っているのに対して、十一面観音菩薩立像は女性的なふっくらとした表情となっている。室生寺が山の辺鄙な場所にあり、昔は世間と断絶した場所だったのだろう。なので、創建されてからの長い歴史があっても、寺の仏像たちは世の人々の目に触れることは余りなかった。交通インフラが発達して、多くの人が見に来るようになった。大切に受け継いできたこれらの仏像たちは、令和の時代になって保存と鑑賞の両立できる安住の館ができて、ほっとしていることだろう。

五重塔 室生寺

室生寺五重塔は階段の下から仰ぎ見ると大きな五重塔に見えるが、国宝の五重塔の中では法隆寺のものに次いで2番目に小さい。興福寺五重塔の三分の一の大きさである。金堂もそうだが、周りに大きな建物がなく、比較するものがないので大きく見える。

年輪年代測定法で調査した部材が794年頃に伐採されたものであることが判明したことから、建立は800年ごろという訂正は間違いない。

さて、国宝の劣化を防ぐ修繕事業がよく報道されるようになってきたが、室生寺五重塔は災害被害からの復活が話題となった。

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1998年9月、台風7号の強風で50メートル級の杉の木が塔に向かって倒れ、側面に甚大な被害を受けた。不幸中の幸いとして、塔の根幹・中心部分は損壊を免れた。そこで、99年から2000年にかけて復旧工事を行い、美しい姿を取り戻した。

さて、この美しい姿は歴史的な国宝なのか?という疑問は持ちつつ、奥之院へひとっ走り。短い山登りを堪能して、寶物殿へ行く。

釈迦如来立像 室生寺

室生寺の金堂には本尊で国宝の釈迦如来立像と脇侍で重要文化財文殊菩薩立像と薬師如来立像が並び、本来ならばそれを護る重文の十二神将が囲むが6体で守護する陣形となっている。

釈迦如来立像は平安前期を代表する仏像で榧の一木造り。もともとは薬師如来として造られたのだが、いつしか釈迦如来として扱われるようになった。高野山が女人均整だったことから、室生寺がその禁聖地の代わりとなり女人高野と呼ばれるようになったことも影響しているかもしれない。

釈迦如来の衣の紋様は規則性を感じるシンメトリーな仕上がりで、漣波式もしくは室生様式と呼ばれる。衣を朱色に仕上げているのも珍しい。また、光背の柄がはっきりと残っており、七仏坐像や宝相華、唐草文など曼荼羅を思わせる圧倒的な宇宙観を醸し出している。

そして、全体は見えないが、釈迦如来立像の後ろには板絵著色伝帝釈天曼荼羅図が描かれていて、角度を変えると部分的に見ることが出来る。本尊を移動させる訳にはいかないため、見えにくの国宝となっている。日光東照宮の唐門背面に匹敵する「見れそうで見れない」お宝となっている。

金堂 室生寺

最近、室生寺がちょくちょくとテレビで紹介されている。新しく寶物殿が出来たことから、露出が多くなっているようだ。気になったので行くことにした。

室生寺近鉄室生口大野駅からバスで行く。バスの本数が1時間に1本ぐらいあるので、そこそこ行きやすい(ただ、昼に空白の時間帯がある)。バス停から昔ながらの門前の商店を見ながら、数分で室生寺につく。自然に囲まれた山の修行場であるので、観光地化された都会の寺院とは全く違う雰囲気がたまらなく良い。

金堂の公開と宝物館のセット券の購入を済ませると、すぐに見慣れないオシャレな建物がある。真新しいお土産やと後ろに寶物殿が出来ていた。仁王門に至るまでのデットスペースに造っていたのだ。とりあえず楽しみは後にして、参拝を済ませるため、先へ行く。

金堂は山中の冷気を吸い込むように扉が全開となっていた。山の傾斜を利用して、外陣からの参拝者は突き出した部分、内陣はしっかりと大地を掴んだ部分で拝むことができる。高さがそれほどある建物ではないはずだが、斜面に足をつけることで、下から見るとかなり大きな建物に感じる。室生寺が山の中にあるため、こういった遠近効果をうまく利用している。

東博の国宝が2022年10月18日〜12月11日に開催決定。 東博150周年の展示会が無事開催されることと観に行くことができますように。 (できれば展示替えを少なくしてほしい)