国宝を観る

国の宝を観賞していくサイト

国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

如意輪観音坐像 観心寺

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昨年から続いているコロナ禍は1年経っても同じ状態だ。学習効果がなく、何度もループする対応となっている。1年経ったと言い切れるのは、観心寺秘仏である如意輪観音坐像の特別公開日である4月17日と18日が来たからである。

今年の特別公開はコロナ対策のため、金堂内は100名ずつ30分間の拝観となっていた。大雨だった初日に訪問したが、それぞれの回で満員であった。寺のいわれなどの説明が一通りあり、内陣へ入っての参拝。下から綺麗にライトアップされた如意輪観音坐像は6本の腕があり、それぞれが六道から人を救うためにあるそうだ。全体的に肉感があり、お顔立ちがふくよかな女性的な作りで、やさしく導いてくれる雰囲気を作っている。

秘仏として大切に保管されてきたため、極彩色が残っていて一木から作り上げて塗られた当時の色味が想像できる。彫刻としては腕の曲がり具合と配置が絶妙で、あらゆる方向でも腕が伸びて手助してもらえそうだ。南河内には葛井寺の千手観音や金剛寺大日如来など見ておきたい国宝彫刻が多くあるが、如意輪観音はそのひとつであることは間違いない。

 

短刀 銘左/筑州住 (太閤左文字) ふくやま美術館

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敗者の歴史はどの国でも残りにくい。時代を支配した勝者は自分色に染めるため痕跡を消すことが多い。まして約260年も続いた絶対的政権ならばなおさらである。

豊臣の痕跡の中で、比較的多く残っているのが土木関係である。川の改修工事や土塁、寺社仏閣建築など、政治性よりもインフラや信仰心など変更させる必然性に乏しいことやその労力を比べてそのままの方が都合がよいと思われるものである。京都の北野天満宮の敷地内にある土塁も秀吉の遺構とされるなど、人知れず残っている。

一方で、武士の象徴となる城は徹底的に破壊された。大坂城はその典型で、秀吉時代の城跡を埋めるような形で徳川の大坂城は建築された。そのため、発掘する豊臣の大坂城の痕跡が出てくる。今回の展示会でも瓦に金が残っているものが展示されていた。信仰心で残っているものとしては、奉納されたものは多く残っている。高台寺北政所が秀吉の冥福を祈るために建立されたので貴重な品々が今回の展示会でも貸し出されている。

武士として秀吉の関連の品では短刀の銘左/筑州住、通称太閤左文字が登場。遺愛の一振りで、徳川家康に贈られ、その後は秀忠の指料となったとされている。浜松藩主である井上正就へ下賜され、昭和初期まで井上家に伝来していた来歴がはっきりとしている短刀である。

刀以外に同じ室内にはビロードマントや羽織も展示されていた。きもの展で多くの品々を見ていたこともあり素晴らしさが良く分かり、国宝の太閤左文字があるにも関わらず主役を奪っていた。

このほかに狩野派の絵や秀吉の死後の豊臣関連、黄金の茶室の再現などもあった。全体的に展示点数が少ないのが残念だった。コレクション展と合わせた数くらいはあってもよかったのではないか。

油滴天目茶碗 大阪市立東洋陶磁美術館

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2020年秋に東博で開催された桃山時代をテーマとした展示会は大盛況で幕を閉じた。その余勢をかってか、大阪市立美術館では豊臣をテーマに展示会を開催している。ピンポイントの内容ではあるためか、こじんまりとした内容となっている。

入口付近にはこの展示会のテーマの一人である豊臣秀吉やその一族の肖像画などの人物画が並んでいた。対面の奥には当時の町の雰囲気が分かる屏風絵。そして、第一会場の出口付近には黄金に輝く大判が陳列されていて、秀吉のド派手なお金の使い方を連想させる導線となっていた。

第一会場を抜けると左手すぐに国宝が現れる。油滴天目茶碗は大阪市立東洋陶磁美術館では定番の陳列物であるが、ほかの美術館で観るとなぜか神々しく観えてしまう。油滴と称される陶器表面の輝きが他にない特徴で、360度すべての角度から見ることができるため、油滴を余すことなく観ることが出来るのでありがたい。この他、当時の大名が使っていたであろう品々や茶道具たちが飾られていた。いずれも東博の展示会に比べて点数が少ないので、同様の種類を見比べながら楽しむことができないのが残念だった。

向源寺 十一面観音立像

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琵琶湖の湖東、長浜を中心とした地域は知られざる観音菩薩が各所に点在している。その魅力を発信していた東京・上野のアンテナ仏像館「観音ハウス」が昨年10月をもって閉館した。アンテナショップは数あれどアンテナ仏像館は聞いたことがない。滋賀でも彦根以東の魅力と聞かれて長浜の町並みと曳山は思うつくが、それ以外となると想像できなかった。それが、観音の里としてPRしたおかげで見仏マニアたちが訪れるようになった。

観音の里の中心で絶対的エースは向源寺の国宝・十一面観音立像である。高月駅を出るとすぐに寺までの道のりを示した案内板がでている。その案内に導かれて10分足らずで向源寺に着く。周りを塀で囲っている重々しい寺が多い中、開放感ある境内では檀家さんと思われる人たちが受付をしていた。受付を見ただけで地域に根差したお寺だというのが分かる。

拝観料を払って本堂から上がって、本堂横に増設された廊下を渡ると近代的な観音堂がある。仏像たちが安置される施設で自動扉が備えられているのは末寺クラスでは珍しい。見学には檀家さんと思われる人が監視のためについていて、観音様に何かあってはいけないという強い愛着が窺えた。

さて、日本全国に七体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされる立像は正面から見るとほとんどの頭についている顔が見えるように作られている。腰の括れや衣装の襞などの造形美はすばらしく、観ただけで観音様を拝みたくなる出来栄えである。

堂内では360度どこからでも観ることが可能で、厨子などに入っている場合は観ることができない後ろの大笑面もじっくり観ることができる。日本一美しい彫刻かは議論の余地があるが、日本一地域に愛された彫刻であることは間違いない。

唐門 三宝院

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門跡寺院三宝院が勅使を迎えるために作った出入口。普段は全く使わない門ではある。にもかかわらず、勅使に対して最高のもてなしを演出するためだけに贅の限りを尽くした。黒漆と菊と桐の紋を金箔で加工して、世の中で一番くっきりとしたコントラストをつけた。そこにこの時期だけのピンクが加わり派手さは最高潮。まるで、金髪黒ギャルがピンクのワンピースをきているぐらいド派手である。豊臣秀吉が好む仕上がりなのだろう。

薬師如来及び両脇侍像 霊宝館

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醍醐寺は僧侶の修行の場で山伏とも縁が深い。境内を抜けた先にある女人堂で入山の受付を済ませて山を登ると千年前の僧侶たちと同じ山岳修行の場まで登ることが出来る。上った先は上醍醐と呼ばれ、国宝や重要文化財クラスの建築物がある。その中心には薬師堂がある。しかし、ご本尊の薬師如来及び両脇侍像は文化財保護のため、麓の醍醐寺の霊宝館で保管されている。

春と秋の特別公開では必ず登場する薬師如来。公開されないときは隠せるようになっている。そのため、別室のような作りに陳列されていて、パーテーションが出入りするガイドがちょうど内陣と外陣を思わせる。展示室とは思えない、まるでお堂内に安置されている雰囲気を作り上げている。山の上まで登らずに拝めるのはありがたい。

 

五重塔 醍醐寺

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醍醐寺の象徴と言えば五重塔。その優美さは五重塔の中でも屈指である。

その理由はまず、五重塔が主役である。境内の敷地内にあるため、塔は他の建物と同列あるいは付属物として建てられている。四天王寺薬師寺法隆寺などの塔は伽藍配置の一部となっている。しかし、醍醐寺五重塔は周りに木々が植えられているため、独立した塔のように見える。単独の塔は比較するものがないため、それのみを拝観するため自然と立派に見える。

そして、京都府下で最も古い木造建築であることが一番大きい。951年に建立された約38メートルの塔は、戦火はもちろん落雷の被害もなく現在まで残っている。この歴史的価値が独特のオーラーを放っているように思える。

その他にも塔内部に描かれた仏教絵画も魅力である。29日のお大師さんの日に奉納と写経をすることで観ることができる。歴史がある京都にあって、奈良に残る仏像建築の向こうを張れる数少ない歴史的建築物である。

国宝は2017年10月3日~11月26日が会期で無事終了した。 この展示会に出ていない800件以上の品々も見ていきたい。