東福寺展で展示していた仏手は写真OKで映える展示物だった。これは今は無き京都大仏の遺物で、東福寺内に安置しているが普段は非公開のものである。金箔がだいぶ残っていることから、奈良の大仏同様、出来た当時はキンキラキンだったことが想像できる。なお、左手で同じポーズをして鑑賞する人がいるかしばらく見ていたが、部屋が暗めだったこともありいなかった。
さて、奥の部屋の続きで太平御覧の隣には義楚六帖があった。こちらも太平御覧同様に印刷物で南宋時代に作られた全12冊が揃っている。義楚という僧侶が10世紀中ごろに編纂した仏教に関する辞典である。
宋は南へ追い落した金の勢いが続く中で、仏教迫害への恐怖もあってか多くのものが日本へ伝来した。宋刊本が入った時期がちょうど日本での禅宗勃興期で、タイミングが見事にあったことから東福寺に多くの文化財が招来したのだろう。