国宝を観る

国の宝を観賞していくサイト

国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

延喜式 国立東京博物館

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延喜5年に醍醐天皇の命で編纂が開始されたので延喜式命名。式は律令を執行するために必要な細かな規則のことで、日本の法律事例集の祖となる。なので、和歌や俳句のような芸術性はなく、経典のように淡々とした書である。

原本はすでになく、平安時代の写本。大阪の金剛寺のものも国宝に指定されている。東博所有のものが最も古く、摂関家九条家伝来の品である。

延喜式では神社の格付けもされていて、これは神名帳として金剛寺が保管している。神社の社格を決めたもので、白河天皇の時代に畿内の22社を特別選抜としたのが有名である。大陸からもたらされた律令は物事に法則を作り、その後西洋から輸入した法律へと発展していた。外部からの受け売りで独自の解釈で働き出す、日本らしい貴重な資料である。

大般涅槃経集解 輪王寺

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輪王寺宝物館は東照宮に近い方の入り口近くにあり、輪王寺とは一番遠い場所にある。

敷地の関係でこの場所に出来たのだろうが、それほど訪れている人はいなかった。おそらくは輪王寺の名称を見て、東照宮とは違うと判断した人が多かったからだろう。

宝物館自体はそんなに大きな展示スペースはなく、部屋全体を見渡せるぐらいの1室のみである。そこに、徳川家由来のものが陳列している。

国宝の大般涅槃経集解もほかのものと同様に陳列していて、下手をすると見逃してしまう。59巻を所有する中の第22巻が見ることができた。白鶴美術館では書の展示のなかにあったので違いが比較できたが、徳川家の名品の中では書の展示スペースはそれほどとられていなかった。そのため、徳川家の逸品としか見ることができなかった。見せ方の違いで、国宝の見方も変わっていしまう良い例だ。

宝物館の外には庭園が広がっていて、こちらは外国人の観光客が写真を撮っていた。雨でなければ、じっくりと庭園も見学したかった。

輪王寺 大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿

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日光東照宮を見学するとそれで終わってしまうことがよくある。東照宮はメモリアルホールで本体は奥にある輪王寺である。「日光見ずして結構いうな」は東照宮だけでなく、輪王寺まで見て初めて結構と言える。

輪王寺は家光の霊廟。おじいちゃん大好きの家光がいつも近くに居たいとの思いから造られた。東照宮が白亜の城ならば、こちらは漆黒の宮殿といったところ。全体的に黒で統一されており、そこに金箔を貼ってシックな出来栄えに仕上げている。彫刻も東照宮並みの出来栄えだが、補修工事を終えた直後の東照宮に比べると輝くがない。

大きさは東照宮の半分ぐらいで、本殿も襖絵の狩野派作品以外はあっさりしたもの。さすがに、おじいちゃんより大きいものは造ることを憚ったのだろう。

日光はどこを見学するにしても拝観料が必要で、この規模の美術建築を維持・修繕するには仕方がない。また、拝観中の説明の最後には参拝の祈念品をこっそりとお勧めするあたり、三河商人の血が流れている場所であることを再認識してしまう。

日光東照宮

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国宝建築物で西の聖地が法隆寺なら東の聖地は日光である。徳川家康を祀るため、おじいちゃん大好きの家光が総力を挙げて作り上げた芸術の城である。

東照宮は家康を祀る建物で、

東照宮本殿・石の間・拝殿
東照宮正面唐門・背面唐門
東照宮東西透塀
東照宮陽明門
東照宮東西廻廊

と5件が国宝指定を受けている。

そのどれもに中国の故事にちなんだ芸術的な彫り物が施されている。平面に書かれた絵と違い人物、動植物どれをとっても立体感をうまく活かしており、角度を変えると見え方が違ってくるので、見ていて飽きることがない。亡き家康公を楽しませるため、手間暇をかけたことが覗える。

ほかにも厩にある「見猿聞か猿言わ猿」や奥の院に続く入口に彫られた左甚五郎作の猫などは必見である。ただし、これらの動物は国宝ではない。

最近、本殿などの国宝建築物は補修工事を終えたばかり。輝く程の白地に金箔がよく映える。建物なので屋外展示が当たり前だが、姫路城もだんだんと当初の白さが失われているので、くすむ前に見ておきたい。室内には狩野探幽麒麟の絵があり、江戸時代初期の最高技術を集めた出来栄えだったのは想像に難くない。ここが権現信仰の中心であることを誇示する最高の出来栄えは今しか見ることができない。

太刀 銘 則宗 日枝神社

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東京のど真ん中。赤坂見付にある日枝神社は周りを高層ビルに囲まれながら、高台にあるため存在感ある神社である。坂を登れば衆参議長公邸や国会議事堂があり、日本の中心に鎮座するといっても過言ではない。

高台にあるため、エスカレーターで境内まで登ることができる。兵庫県中山寺で見て以来だが、こちらは屋根がない。神社は皇城の鎮であるため徳川家と縁深く、宝物殿でも武家関連のものばかりである。

国宝は太刀・則宗。6月と7月、1月と12月の神社閑散期のみの展示で、ほかの展示物と同様に陳列してある。福岡一文字派の祖である則宗作はほとんどないため貴重である。そして、この太刀が5代将軍・綱吉のお宮参りで奉納されたものであるため、国宝へと上り詰めた。美しさより、歴史の重みが価値を創造した部類の国宝だ。

 

宮崎県西都原古墳群出土

五島美術館が所有する国宝で、少し毛色の違うのものが宮崎県西都原古墳群出土品である。他の所有物はきらびやかな絵巻物や価値のある書など近世以降のもので、古墳の出土品で国宝クラスを所有する私的美術館は珍しい。

展示していたのは馬具装飾で、金箔がかなり残っている保存状態のとてもよいものだった。古墳の出土品を見る場合は、たいていは入り口近くに古代エリアとしてまとめた1室が設けられる。時系列の展示で、中世や近世などへ移るに従い展示内容が盛り上がる演出となっている。ところが、五島美術館は展示室は2つしかなく、第2は大東急記念文庫70周年企画で使用されているため、第1に陳列を余儀なくされていた。そして、第1でも地味な古墳出土品は奥へ追いやられ、近代・現代の画などに主役を奪われていた。展示の扱いに困った感があった。そこで、宮崎県は国宝を所有していない県(ほかは徳島県)で、宮崎に寄託してあげたらと思う。おそらく宮崎県の博物館ではトップクラスの扱いで陳列してくれることだろう。都内で観るより、現地で観るのがふさわしい。

史記 孝景本紀第十一 大江家国筆

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大東急記念文庫創立70周年記念の展示が五島美術館で年間を通じて開催している。戦時中に関東の私鉄を合併して肥大化した東急電鉄。戦後に分離されて元に戻り、現在の運営域になったが、それでも関東では上位の私鉄となっている。そんな東急が大きかった時代、「大東急」時代に集めたコレクションを収蔵しているのが、大東急記念文庫なのだろう。はたから見れば五島美術館との棲み分けが分かりにくく、展示も五島美術館の間借り感は否めない。なにせ、美術館のとなりに五島昇オーナーが住んでいたのだから、気を使わないわけにはいかない。

さて、70年の記念イヤーなので所有する国宝を順次公開。今回は史記だった。第2展示場の書誌学展に陳列されている。国内にある史記の写本としては現存する最古のもので、最後の部分にきっちり写本した年代がかかれているのが国宝の決め手となった。展示もその部分が見えるようにしている。

この夏から秋にかけて、都内の博物館が漢字をテーマにした展示会を開くので、そのテーマにも乗った展示会で、解説文に同様のものが別の博物館でも展示する旨が告知されていた。このところ、王羲之顔真卿など大陸の書をとりあげた展示会が大賑わいだったが、日本の(かな文化ではなく)漢字文化が再注目される展示となりそうだ。

国宝は2017年10月3日~11月26日が会期で無事終了した。 この展示会に出ていない800件以上の品々も見ていきたい。