国宝を観る

国の宝を観賞していくサイト

国宝を楽しむため、いろいろ書いています。 勉強不足でも観れば分かる。それが国宝だ。

入道右大臣集 前田育徳会

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石川県立美術館の2階には前田育徳会保有の美術品を展示するスペースがある。江戸時代は加賀藩であった石川県は前田家が支配していた。徳川政権下では外様大名である前田家は武の強化は難しい立場だったことから、芸術振興に力を注いでいた。それが今日まで受け継がれていて、それらを定期的に展示するスペースが県立美術館の常設展示に繋がっている。

施設は兼六園の隣にあり、観光ついでにぶらっと立ち寄るにはもってこいの場所にある。しかし、なんども通うと観光する場所も少なくなり、お目当てが同美術館だけになってしまう。それぐらい展示するものが豊富にある。

今回は育徳会保有の入道右大臣集が展示されていた。いろいろな歌を集めたもので、平安時代の藤原家の優雅さを今に伝えている。こういった歌集は展示している場面が有名な箇所だけで他の場面も見られるような展示方法はないものだろうか。

このほか、国宝の野々村仁清作・色絵雉香炉が常設で、しかも撮影自由で鎮座している。また、同時期には剣・銘吉光(白山比咩神社)も展示されていた。両刃の剣は刀とは違った味わいがあり、国宝指定にふさわしい美しさであった。

刀剣博物館 延吉

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2018年に新築・移転した刀剣博物館の国宝刀剣を見に行った。前期に行ったため、国行(来)は京都に遠征中。保有国宝3件すべてを一度に見ることができなかった。

コンクリート打ちっぱなし風ののっぺりとした建物は、両国の国技館や安田庭園など通りに和風なものが並ぶ中では異彩である。どちらかと言えば江戸東京博物館に寄せた作りで少し残念だった。中も今風のおしゃれな感じ。オフィスビルと言っても疑う人はいないだろう。

さて、展示は3階部分でバスケットコートを少し広くいた程度のスペースに刀剣とそれに関わるものを展示している。借り物や付属品は撮影NGだが、同博物館所有の刀剣に関しては写真OKと太っ腹。だが、刀剣はガラス越しでライティングの関係で撮影が難しいが、思い出として残すには十分だ。

さて、刀剣ブームの昨今。少なからず刀剣女子が来ており、お目当ての刀の前で撮影大会となっていた。国宝の延吉・国行は刀剣女子の関心がいなのでじっくり見れた。伝来がはっきりしていることが刀剣類の国宝指定には重要なので刀の美術的な価値の違いが見えずらい。なので、横並びの刀を見ても国宝と重文、指定なしなどの違いが微妙。シャッフルされると分からない。

延吉については後水尾天皇の御料品ということもあり、美術品として美しさを感じた。少し太めの刀身にストレートな刃紋が印象的で、大和様と古備前様を合せた姿がなんとも言えない良さとなっている。付属の鞘も豪華な金梨子地で高貴さを演出するにふさわしい拵えとなっている。

新築した建物の割には展示スペースが限られている。都内の一等地なのだがら仕方ないが、おしゃれな空間演出を展示に活用してもよかったではと思う。また、以前見た林原美術館の刀展や備前長船刀博物館がよかっただけに、王道を歩む刀剣博物館のこれからの企画展示に期待したい。

【国宝】史記 呂后本紀第九 毛利博物館

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2018年、国宝展が山口で開催!と聞くと、居ても経ってもいられずに行ってしまった。

開催は山口県防府市で、毛利家邸跡に置かれた博物館。何度か同様のテーマで開催していたようで、今年は維新150年の記念イヤーのための開催だ。本邸自身も見応えのある建物で、明治時代に井上薫により建設が進められた比較的新しいものだ。2階建てで和を中心に洋風応接間を備える独特の形式で、雄藩であった毛利家にふさわしい建物となっている。池泉式庭園もそれなりにすばらしい。ただ、公家や大名が贅沢の限りを尽くして造ったものに比べると狭くてビューポイントが少ない。

さて、国宝展だが建物とつながっている”はなれ”(第1展示室)とそれとつながっている新しい建物(第2展示室)で開催している。とはいうものの、第1の方には国宝はない。陶器や刀などの展示がされていたが、説明書きがなかったり空いた展示スペースがあるなど、残念な展示の仕方だった。

本命の国宝がある第2はさすがの内容。毛利博物館所蔵の国宝4点が全て展示されていた。雪舟の四季山水図は一度に16メートルすべてが見ることができるだけでなく、雲谷派が模写したものもいっしょに見ることが出来る。ただ、どちらが雪舟なのかが分かりにくい展示となっているのが残念だった。

史記はよく読み込まれたようでボロボロになっているものを補強して展示していた。1073年に書き写されたものだそうで、経典のように仏に捧げるためならば保管が前提なので残っていてもおかしくないが、読み受け継ぐことを前提としたものという目で見ると大切に扱われていたことが分かる。

武士の命である刀にも国宝がある。菊造腰刀がそれで、今ならば女性が護身用に持つ短刀といってもよい大きさ。反りのない、厚手の刀は奈良県の当麻の所伝、大和の業物とされている。見どころは装飾で鞘が金梨地の豪華な仕上がりで、実用品というより飾り物として重宝されたのだろう。そして、古今和歌集の高野切の4つが国宝で、重要文化財毛利元就像や通信符などの展示もあり、見どころ満載だった。

阿弥陀寺 鉄宝塔

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山口県防府市にある阿弥陀寺。国宝がなければ行くことはなかっただろうが、行ってとても勉強になった。

東大寺の別院である阿弥陀寺山口県防府市)は、重源上人の大勧進の成功に欠かせない場所にある。重源上人の像は運慶展でも一、二を争う人気があり、この春には東北まで遠征していた東大寺再興の立役者である。宋に3度渡り、栄西とともに帰国するなどエピソードも豊富だ。

そのエリート僧のハイライトは白羽の矢が立った源平争乱で焼け落ち東大寺の再興だ。その原資として周防国の税収を一手に引き受けた。ただ、引き受けただけではなく、中国から土木技術を導入して周防の木々を奈良まで運ぶ算段をつけた。その他、西行を派遣して東北から砂金を工面したり、時の権力者である後白河法皇九条兼実源頼朝に浄財を寄付させたり、あの手この手で再興を成功に導いた。

その重源が阿弥陀寺に残したのが湯施行で、今で言うサウナである。昨年の夏に東大寺でも鎌倉時代の風呂釜を公開していたが、それと同じ仕組みで血行促進効果などで疲れが取れ、作業者はもちろん地域住民にも人気となったことだろう。

さて、肝心の国宝は鉄宝塔。重源が鋳造を依頼したもので、文字が刻まれた部分は鋳造とは思えないはっきりとしていて、技術水準の高さをうかがわせる。後に中国地域はたたら製鉄により大きく発展していたったが、もしかしたら、重源がその技術も導入したのかもしれない。

鉄宝塔の中には水晶五輪塔が入っていたようで、いまは鉄宝塔の横並びで展示されている。こちらもレベルの高いもので、舎利が水晶内に入っていて、信仰の対象物としてはとてもできがよい。金の稼げる地域にはよいものが残るということだろう。

おまけとして、山門にあった重要文化財の仁王像も少しの間、宝物館で展示されている。現在、山門の改修工事(火災などの防災設備を地下に埋めている)で、安全のために移動している。この移動で普段は絶対にみることができない背中部分まで至近距離で見ることができる。かなりの補修箇所があるのと当時に、長年の風雨にさらされた結果、指などが朽ちてきていた。半面、山門で隠れていた背後は、筋骨隆々で出来た当時もこんな感じだったのだろう。本山のモノとは比べるのもおこがましいが、こちらのものも力作であることは間違いない。

吉川史料館 太刀 銘為次 (狐ヶ崎)

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刀が乱舞する京から維新150周年の山口へ。こちらでも国宝の太刀を拝見できる。

吉川家は毛利元就の次男・元春を養子に出して家督を継がせた家柄。小早川家にも三男・隆景を養子に出し、両川家は毛利元就の中国地区統一に大きく貢献した。関ヶ原の合戦の事後処理で大きく領地を減らした毛利家にとって、東軍に通じていた吉川広家の嘆願なくしては現在はなかった。その吉川家の家宝が居城のあった岩国の資料館に残っている。

国宝・狐ヶ﨑の太刀は平安末期から鎌倉初期に作られたとされる備中刀で、華やかさはなく装飾などもそれほど凝っていない武骨な刀である。鹿児島の黎明館で観た国宗と同じように手入れしても年期が見えてしまうぐらい美術品としては魅力はない。ただ、伝わってきた歴史の重みはなにごとにも代えがたいため、国宝指定となるのだろう。

【京のかたな】太刀 銘三条(名物三日月宗近)

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昨年の今頃は国宝だらけだった京博。今年は刀だらけの展示となっている。おまけに客は女子だらけでもある。

普段来そうにない人々を集めたのは、シミュレーションゲーム刀剣乱舞の影響。登場するキャラクターたちが刀をモチーフに擬人化したもので、その元ネタたちが展示されていることから、それらを見に来ている。とくに有名どころを中心に、人だかりができていて、三日月宗近は昨年の金印と同じ展示の仕方で間近でみるのに一苦労する。

全体的におとなしい人たちが多いので、観光できている外国人(とくにアジア系)に比べると不快感はない。だが、キャラクターが展示されている場所は別。明治古都館でキャラクターのパネル展示がされていて、写真撮り放題とあってテンションMAXの女子たちを多く見受けられた。普段の明治古都館は閉館されていて、耐震工事の予定もあり現状で見学できる数少ない機会である。もっと重要文化財を楽しんでもよさそうだが、パネルの方が重要なのだろう。

さて、肝心の刀の展示だが、山城系をこれだけの数集めたのはすばらしいが、京博・平成館でみせる必要があったのかが疑問。あれだけ大きなものが展示できるスペース(とくに2階)に刀だけは勿体ない。普段は絵画や屏風など見せているスペースがもったいないので、独立した展示用のショーケースで刀を見せて、大きなスペースでは同時代の掛け軸や屏風などがあれば京博らしい展示となったと思う。あとは数が多いので後半はどれがどれやら分からなくなってくるので、メモでも取らない限り見た記憶が次々に埋もれる。先に予習をしておくことをお勧めする。

【正木美術館 開館50周年記念】 三体白氏詩巻 

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正木美術館は今年で開館50周年を迎える。それに伴い記念展示として、一片開花と題した展示会が行われている。正木美術館に行ったことが無かったので、この機会に行ってみた。

行く前まではせっかくの50周年なのだから3期に分けて開催するよりも一度に見てみたいとの思いがあった。だが、行ってみて分かったことは2階部分も含めてもそれほど広くない展示室だった。1期にして飾る名品を選ぶのは不可能に近い。3期になるのも当然だ。

そして、国宝は1期、2期が白氏詩巻、3期に大燈国師墨跡を展示する。今回は1期に行った三体白氏詩巻について。平安の三蹟と知られる小野道風藤原行成の両名筆で、道風が流れるような筆さばきに対して、行成はしっかりとした書き方に濃淡・強弱をつけたリズミカルな書であった。ともに入り口すぐの展示で、これぞ正木美術館の顔といった迫力がある。

国宝は2017年10月3日~11月26日が会期で無事終了した。 この展示会に出ていない800件以上の品々も見ていきたい。