秋と冬に特別公開される秘仏・愛染明王坐像は30センチほどの小さな躯体にも関わらず憤怒の形相がはっきりと分かる総身真紅の仏像である。愛染堂の主であり、密教修法の中心的な存在である。
愛染明王が仏教的な中心とするならば、西大寺の歴史的な中心は興正菩薩・叡尊上人である。荒廃した律宗を立て直し、奈良仏教を復興した中興の祖である叡尊は蒙古襲来(元寇)の折に伊勢神宮や四天王寺、石清水八幡宮へ赴き、元の侵攻を防ぐために奔走した。また、殺生禁断に加え、一部の仏教宗派では救済対象でなかった女性や貧者、ハンセン病患者などへの慈善活動、宇治橋の修繕といった社会事業にも力を尽くした。
これらの行いが当時から崇拝対象となったことから、80才を記念して生前に製作され,
愛染堂に鎮座しているのが寿像である。死後に作られた人物像(智証大師や鑑真和上、義淵僧正、俊乗上人、良弁僧正など)は多くあるが、生前に作られた人物像で国宝になっているものは叡尊上人だけだろう。
さて、興正菩薩寿像は国宝指定以前は頭部が前のめりになっていたそうだ。おかしな形だと思っていたそうだが、調査の結果(この調査で国宝に指定される)、傷んでいたため前のめりになっていたのだと判明して現在は修繕してまっすぐなっている。元の姿を把握するためにも修繕事業は大事な取り組みである。