鶴岡藩は徳川四天王の筆頭である酒井家が統治していた。上杉家の脅威を防ぐため、また加賀藩の前田家になにかあった場合の備えとして、要の位置に君臨した。
だが、江戸時代の260年あまり、戊辰戦争を迎えるまで大乱もなく、武家としては物足りない時代だったかもしれない。そんな平和な時代でも武士の魂を磨き、今日へ伝承したのが、国宝の太刀2振り。信房と信光はそれぞれ由緒正しき経歴を持った刀であると同時に、美しい姿を残している名刀。持ち主が転々とした刀があるなかでは、徳川四天王筆頭の名に恥じない行き届きである。
さて、この国宝よりも注目が集まっていたのが、吉光(名物 信濃藤四郎)。刀あるところ刀剣乱舞あり、というようにこの吉光もキャラ化されたひとつ。今回は黒の拵えといっしょに単独のショーケースで展示されていた。ファンたちは入り口近くにある国宝2振りを他所に、奥の吉光に釘づけ。鶴岡はそれほどアクセスのよい場所ではないにも関わらず、数十人は吉光目当てで来ていたように見えた。押しキャラのためなら遠方まで来るとは。と言いつつ国宝目当てに来ているのも同じ穴のムジナかもしれない。